梅雨に入り、外に出る機会が減りがちなのだが、休みの日、雨が降っていなければまずは外に出向く。
足元は一本歯下駄、路面はあえて不整地を選ぶ。
一本歯下駄を履いて間もない方にはお勧めできないが、やはり一本歯下駄は山で履いてこそ楽しい。
平らじゃない道(上り坂・下り坂)、石や木の幹、ガレ場、ザレ場、木製の階段、岩場、苔の生えたところ…。
不整地では足元がグラついて当然。まるでサーカスの玉乗り状態。
自然のフィールドと比べれば、舗装されたアスファルトの道の何と単調なことか。
道がどうやってできたのかを考えてみると、結局のところ、人々が行き交い、何度も何度も踏み固められたことである程度平らになり、歩きやすい道となったのであろう。
近代になって、道が単調になった原因の一つは自動車である。
世の中の舗装路はすべて車が走りやすくするために作られたという風に考えてみてもあながち間違いではなかろう。
そんな道を、ゴム底のシューズを履いて歩くことにもはや魅力などはない。
週末だけでも野生に戻りたければ、裸足で山を駆けることだ。
そして、21世紀のモダン修験者たちは一本歯下駄で山に入る。
僕らがなすべきことは、山の神が招き入れてくれる声なき声にひたすら耳を傾けて、可能な限りワイルドな自分になりきること。
山で起こるあらゆることは宿命だと自分に言い聞かせて、黙々と山を登り、下り、トレイルを駆け回る。
足首をしなやかに。路面の変化によるバランスの崩れはすべて膝から下で受け入れる。足首サスペンションをフルに活用する。
足の裏を敏感に。一本歯下駄の歯そのものが自分の足の裏だと思えばいい。足の裏センサーは不整地でさらに活性化する。
道との対話を楽しむ。路面は道の表情だ。
荒れた道であっても心穏やかに、決して心を乱してはいけない。
逆に踏み固められた歩きやすそうないい道であっても油断していては何が起こるかわからない。
リスクに備えるよりも、どれだけその道を楽しめるかを考える。
道を極めるというのは、どんな状況(路面)であっても楽しく前に進んでいけること。
速く走ることも長く走ることも考えない。
時間や距離というのは人間が作り出した概念に過ぎない。
もはや自然の中では意味を為さないもの。
考える以前に感じるものを五感でとことん感じ尽くす。
どんな疑問が湧いてきたとしても答えを探し求める必要はない。
答えはすべてこの宇宙に、この大地に隠されているはずだから。
宇宙と大地、それぞれから送られてくるメッセージをキャッチすることだ。
エゴを棄てて、ありのままあるがままの自分をまずは受け入れる。
自分を取り巻く森羅万象に身を委ね、今この一瞬にフォーカスする。
過去や未来に捉われる必要などないということ。
一本歯下駄で不整地へ…今この一瞬を楽しむために…。
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*ライター:
株式会社GETTA認定アンバサダー
「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」を走るアドヴェンチャー・ランナー 高繁勝彦
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