鍛えるのではなく、醸せ。
野遊びスクールを
始める理由
20年間、プロアスリートの身体と向き合い続けてきた。
112名以上のJリーガーの足裏に触れてきた。
そして今、芝生の上に立とうとしている。
原点
幼稚園の園庭には、すべてがありました。
誰に言われるでもなく走り出す子ども。砂場で何かを掘り続ける子ども。木に登ろうとして落ちて、また登る子ども。鬼ごっこのルールを勝手に変える子ども。泣いている子の横に、黙って座る子ども。
あの園庭では、衝動が先にあって、言葉は後から来ました。
「やりたい」が先で、「やるべき」はなかった。「うまくなりたい」が先で、「うまくならなければ」はなかった。探求は常に衝動の後ろに立っていて、衝動に引きずられるようにして前に進んでいた。
僕はこの20年間、プロの世界でその順序が逆転していくのを見てきました。探求が先に立ち、衝動が後ろに回される。トレーニングの目的が設定され、メニューが組まれ、数値が管理される。その構造の中で、選手の鳩尾(みぞおち)——身体の衝動の中心——は、少しずつ沈黙していきます。
112名以上のJリーガーの足裏に触れてきて、僕が最も深く理解したのは、筋肉の動かし方でも、トレーニング理論でもありません。
鳩尾が動いているとき、
人は勝手に変わり始める。
それは子どもも、大人も、プロ選手も、同じでした。
入口の転倒
一本歯下駄GETTAは、僕が開発したトレーニングツールです。兵庫医科大学との共同研究(倫理審査第4509号)で、移動速度15%向上、制動力40%低減、推進力32%増大が実証されました。
しかし、数値は入口ではありません。
GETTAに乗った瞬間、足裏に約20万個あるとされる感覚受容器が一斉に目を覚まします。不安定な一本歯の上で、身体は勝手にバランスを探り始める。脊柱エンジンが起動し、多裂筋が連鎖的に発火し、脳幹から小脳への信号が高速化する。
これを「トレーニング」と呼ぶこともできます。しかし僕は、これは「目覚め」だと考えています。
従来のスポーツスクールは「鍛える場所」です。メニューがあり、目標があり、評価がある。入口は「能力向上」であり、出口も「能力向上」です。
野遊びスクールは、入口を転倒させます。
鍛えるのではなく、醸す。
GETTAで足裏を起動し、裸足で芝生を走り、多種目のスポーツで遊び、勉強し、食事を共にする。その一連の時間の中で、身体が勝手に「醸されていく」環境を設計する。それが、野遊びスクールです。
5つの時間
毎週木曜日。子どもたちは本町公園の芝生に集まります。
最初の15分、GETTAに乗って足裏を起動します。不安定な一本歯の上で、子どもたちの身体は「鍛えられる」のではなく「目覚める」。足裏の20万個の受容器が、地面の情報を脳に送り始めます。
次に裸足になります。GETTAで研ぎ澄まされた足裏が、芝生の一本一本を感じ取る。土の温度、草の匂い、風の方向。足裏が「読んでいる」のは地面ではなく、世界そのものです。
そしてマルチスポーツ。サッカー、野球、陸上、バスケットボール——種目は固定しません。ひとつの競技に閉じ込めない。多種目であること自体が、身体の変異を促す設計です。
さらに、勉強の時間があります。身体を動かした直後の脳は、記憶の定着率が上がることが神経科学で実証されています。そして最後に、食事。みんなで食べる。食事は栄養摂取ではなく、「一緒にいる時間」の仕上げです。
この5つのステップは、「足裏→身体→脳→社会性」という順序で人間の層を深くしていく設計です。鍛えるのではなく、層を重ねて醸す。発酵と同じです。
保護者の方へ
野遊びスクールには、保護者の方に2つの選択肢を用意しています。
本町プランテ2FのNPO Hoppingスペースで、仕事・読書・リラックス。お子さまのトレーニング中、自分だけの時間を確保できます。
親子でトレーニングに参加。シャッフル構造で、わが子だけでなく他の子どもたちとも関わります。「わが子への愛」が「子どもたちへの愛」に転移する時間です。
どちらを選んでも、「正しい」です。CHOICE Aは自分の時間を取り戻す適応。CHOICE Bは親子関係が進化する選択。どちらも、週に1回の「しあわせな1日」を構成する大切なパーツです。
僕がプロの世界で20年間見てきたのは、お母さんたちの3つの断絶です。育児の中で蓄積された価値が可視化されないこと。その価値の再生産方法が存在しないこと。社会的な変換枠組みがないこと。
CHOICE Bの「シャッフル」は、この断絶を足の裏から溶かす構造です。家族というブロックの境界が、裸足で芝生に立った瞬間に柔らかくなる。わが子への愛が、他の子どもたちへの愛に転移していく。その転移こそが、文化資本の本質です。
なぜ今、始めるのか
プロの世界で20年以上、身体の可能性を追い続けてきました。Jリーグ、プロ野球、オリンピアン——最前線の選手たちと共に走ってきた時間は、僕にとってかけがえのないものです。
しかし、プロ選手と世界トップを二人三脚で目指したからこそ見えたものがあります。
それは──努力の時間よりも、しあわせな時間のほうが、人を遠くまで連れていくということです。
週に1回、芝生の上で裸足になる。一本歯下駄に乗って、身体が目覚める。子どもたちと一緒に走る。汗をかいて、笑って、食べる。その1時間が、1週間の全部を変える。1年が変わり、10年が変わる。
僕はその1時間を、和歌山の本町公園に作りたいのです。
鳩尾が動いている時間
──
この場所には、カリキュラムもテストも順位もありません。
あるのは、足裏が地面に触れた瞬間の感覚。身体が勝手に動き出す瞬間の快感。隣にいる子どもと、名前も知らないのに笑い合っている時間。
それらはすべて、鳩尾が動いている時間です。
それぞれの鳩尾が
動いている時間の
掛け算です。
子どもの鳩尾が動いている。保護者の鳩尾が動いている。指導者の鳩尾が動いている。その3つの衝動が、同じ芝生の上で重なり合う。掛け算が起きる。
その掛け算こそが、「鍛える」では絶対に到達できない場所に、人を連れていきます。
蜃気楼の時間
──
蜃気楼は、条件が揃った瞬間にだけ立ち現れます。
消えてしまうけれど、確かにそこにあった。
野遊びスクールの1時間も、同じです。木曜日の夕方、本町公園の芝生に、同じ条件が揃う。GETTAで足裏が起動し、裸足で芝生に触れ、子どもたちが走り始める。
その瞬間、蜃気楼のように「しあわせな時間」が立ち現れます。
親子の大切なしあわせな時間を
蜃気楼のように立ち現せる。
これが、僕が野遊びスクールを始める理由です。
まずは、芝生の上に立ってみてください。
一本歯下駄に乗った瞬間、足裏が目覚めます。
その感覚は、この文章では伝えきれない。
2026年4月 和歌山・本町公園の芝生の上で
宮崎 要輔
週に1回、親子の大切なしあわせな時間を
蜃気楼のように立ち現せる。
まずは、芝生の上に
立ってみてください。
一本歯下駄に乗った瞬間、足裏が目覚めます。
その感覚は、この文章では伝えきれない。
本町プランテ + 本町公園 芝生広場(和歌山市北桶屋町7-7)