大人の身体に起きていること。
あなたの鳩尾は、
いつ沈黙しましたか
この連載は、子どものスクールの話でした。
でも今回は、あなた自身の話をさせてください。
最後に走ったのは、いつですか
「走りたいから走る」。
最後にそう思ったのは、いつですか。
子どもの頃は、理由なく走っていました。信号が青になったら走る。友だちが走り出したら走る。夕焼けが綺麗だったら走る。理由は後からつけるもので、身体は先に動いていた。
大人になって、走る理由が変わりました。「健康のため」「ダイエットのため」「ストレス発散のため」。理由が先に来て、身体が後に従う。あるいは、理由があっても身体が動かない。
僕はこの20年間、プロ選手から5歳の子どもまで、何千人もの身体を見てきました。そして気づいたことがあります。
子どもの鳩尾は動いている。
大人の鳩尾は、沈黙している。
鳩尾(みぞおち)は身体の衝動の中心です。第一話で、僕はこう書きました。「鳩尾が動いているとき、人は勝手に変わり始める」と。
しかし大人の鳩尾は、多くの場合、止まっています。
それは老化でも、体力の衰えでもありません。
自分で止めたのです。
沈黙の構造
鳩尾が沈黙するのは、ある日突然ではありません。段階があります。
最初は「やるべきこと」が増えます。仕事、家事、育児。朝起きた瞬間から寝る瞬間まで、「やらなければならないこと」のリストが頭の中にある。そのリストを処理するために、身体は大脳の命令に従い続けます。
第二話で書いた小脳への機能譲渡——あの仕組みが、逆方向に動くのです。本来なら小脳が引き受けるべき身体の自動制御を、大脳が全部持っていく。「効率よく動かなければ」「正しく動かなければ」。身体を「管理」し始めた瞬間、鳩尾から衝動が消えていきます。
次に「鍛えなければ」が来ます。体力が落ちたと感じる。走れなくなったと感じる。すると文明の論理が起動します。ジムに通わなければ。ランニングしなければ。食事管理しなければ。「~しなければ」の連鎖が、身体をさらに大脳の支配下に置く。
そしてある日、「鍛えなければ」と思っているのに身体が動かないという状態に至ります。大脳は命令を出している。しかし鳩尾は応答しない。衝動が消えたからです。
これが、大人の鳩尾が沈黙する構造です。
特に子育て中の方——毎朝弁当を作り、送り迎えをし、宿題を見て、洗い物をして、寝かしつけて、翌朝また弁当を作る。その繰り返しの中で、自分の身体のことを考える余裕は、どこにもありません。鳩尾が沈黙していることにさえ、気づかない。
鳩尾の沈黙は、
怠惰ではない。献身の結果です。
味噌は鍛えても味噌にならない
「鍛えるな、醸せ。」
第一話で宣言したこの言葉を、ここで深く掘ります。
味噌のことを考えてください。大豆と麹と塩を混ぜて、暗い場所に置く。あとは待つ。温度と湿度が整っていれば、微生物が勝手に働いて、大豆が味噌に変わります。
このプロセスを「鍛える」ことはできません。大豆を叩いても味噌にはならない。圧力をかけても味噌にはならない。「もっと早く醸せ」と怒っても味噌にはならない。
必要なのは、環境を整えて、待つことだけです。
目標を設定する。メニューを組む。負荷をかける。追い込む。数値で管理する。大脳が身体を支配する。
条件を揃える。入口を変える。余計なものを引く。身体が勝手に動き始めるのを待つ。鳩尾に委ねる。
大人の鳩尾が沈黙したのは、「鍛える」の論理で生きてきたからです。仕事を「鍛える」。育児を「鍛える」。人間関係を「鍛える」。自分自身を「鍛える」。すべてが大脳の管理下に入り、鳩尾は出番を失った。
しかし身体は味噌と同じです。鍛えても変わらないのではなく、醸せば勝手に変わる。そしてそのための条件は、驚くほどシンプルです。
靴を脱ぐ。芝生に立つ。不安定な一本歯に乗る。
それだけです。
木曜19時の1時間
野遊びスクールには、大人クラスがあります。毎週木曜日、19時から20時。子どもクラスの後の、夜の芝生です。
参加しているのは、子どもクラスの保護者の方が多いです。CHOICE Bで子どもと一緒に走った後、もう1時間、今度は自分だけの時間として残る方もいます。
大人クラスのメニューは、子どもクラスとほとんど同じです。GETTAに乗る。裸足になる。走る。遊ぶ。それだけです。「大人向けの高度なトレーニング」は、やりません。
なぜか。
大人に必要なのは「高度なメニュー」ではなく、鳩尾を再起動するための環境だからです。GETTAの不安定が足裏を起こし、裸足の芝生が小脳を目覚めさせ、大脳の支配から身体を解放する。第二話で書いた、あのプロセスをそのまま大人にも適用します。
面白いことが起きます。大人がGETTAに乗ってよろめいた瞬間、笑うのです。真剣な顔で会社に行き、真剣な顔で家事をし、真剣な顔で育児をしてきた人が、一本歯の上でよろめいて、笑う。
その笑いは、鳩尾が動き始めた合図です。
「やらなければ」で動いていた身体が、「面白いから動いている」に変わる瞬間。大脳が手放して、鳩尾が引き受ける瞬間。それは静かだけれど、確実に起きる。
3回目のセッションで、多くの大人が言います。
「木曜日が楽しみになった」と。
それは「トレーニングの成果が出た」という意味ではありません。鳩尾が再び動き始めて、1週間の中に「衝動で動く時間」が生まれたということです。
あなたの話です
──
この連載を3話まで読んでくださった方は、おそらくお子さんをお持ちの方だと思います。「うちの子に合うかな」「どんなスクールだろう」と思って読み始めたはずです。
でも今回は、子どもの話をしません。
あなたの鳩尾は、いつ沈黙しましたか。
最後に「やりたいからやる」で動いたのは、いつですか。理由もなく走ったのは? 目的のない散歩をしたのは? 「~しなければ」ではなく、鳩尾が動いたからそうしたのは、いつですか。
答えが出なくても、大丈夫です。それは怠惰ではない。第2章で書いた通り、献身の結果です。誰かのために走り続けてきた人の鳩尾が、疲弊して沈黙した。それだけのことです。
僕は「鍛え直してください」とは言いません。
ただ、木曜日の夕方、芝生の上で靴を脱いでほしい。一本歯下駄に乗って、よろめいて、笑ってほしい。それだけで十分です。
環境が整えば、鳩尾は勝手に動き始めます。味噌が勝手に醸されるように。子どもが3回目から自分で走り始めるように。大人の身体にも、同じことが起きます。
まずあなたの鳩尾を
動かしてください。
子どもは親の鳩尾を見ています。言葉ではなく、身体で。「お母さん/お父さんの鳩尾が動いているかどうか」を、子どもの小脳は正確に検知しています。
あなたの鳩尾が再び動き始めたとき、子どもの鳩尾はさらに自由に動き始めます。それが、第一話で書いた「掛け算」の本当の意味です。
週に1回。木曜日の夕方。
子どもと一緒に、芝生の上で靴を脱ぐ。
それだけで、沈黙した鳩尾が目を覚まし始めます。
醸されるのを、待っています。
2026年4月 本町公園の芝生の上で
宮崎 要輔
鍛えなくていい。
ただ、芝生の上で靴を脱いでほしい。
あなたの鳩尾を
もう一度、動かしませんか。
大人クラスは毎週木曜19:00〜20:00。
子どもクラスの後、同じ芝生で。体験は1,000円。
本町プランテ + 本町公園 芝生広場(和歌山市北桶屋町7-7)