一本歯下駄で自由に走ろう

山を一本歯下駄で走ることが究極の一本歯下駄の楽しみ方かも知れない…

 

私はランナーではあるけれど、アスリートと呼ばれる類(たぐい)のものではない。

決められた距離を速く走ることにはほぼ関心がないからだ。走りながら旅を楽しみ、旅の過程で、その土地土地の風景や人々との出会い、そこで起こるさまざまなハプニングを満喫するのが狙いだ。

ランナーにもいろんなタイプがいる。

純粋に速く走りたいランナー、とにかくゆっくりでも長い距離を(100キロ以上)を走りたいランナー、トレイルを走りたいランナー、仮装・コスプレを楽しみたいランナー、チャリティのために走るランナー…他にもいろいろあるのだろうけれど、100人ランナーがいたら、100通りの走りがあるということだろう。

でも、近頃思うのは、ランナーもきっと自分なりの楽しみを見つけることで、自分のテーマやミッションに気づくことがあるということ。

誰もが最初はジョギングから始まって、ロードレースやマラソンで距離と速さで記録を狙うようになっていく。

走れる時間と距離が長くなり、あるランナーはウルトラマラソンにチャレンジするだろうし、またあるランナーはトレイルを走るために山に入り浸るようになる。

中には、国内のレースや大会には飽き飽きして海外に出向くランナーもいるし、既成のものでは飽き足りないランナーがより過激な刺激を求めて国内外を走り回る。砂漠や極地で開催されるエンデュランスランのようなものに参加するランナーもじわじわではあるが増えつつある。

インターネットが普及して、いつであっても世界のどこにいても、ネット回線があればリアルタイムで自分の「今」を画像とともに発信できる時代。

それも静止画のみならず動画でありのままの自分を生き生きとスマホやタブレット・PCの画面に映し出せる。これは昔では考えられなかったこと。

いろんな思いを胸に走るのがランナー。ただ、個人的に思うのは、何かを犠牲にしたり何かに我慢したりしながら走る必要はどこにもないし、怪我や故障を抱えたまま無理をして走り続ける理由なんてあって欲しくない。

安全と健康第一で、笑顔で走ることが一番の理想だ。言い換えるなら、走る本人もそれを見ている人々もハッピーになれること。

山が好きで、山に登り続けて、山を楽しむのはいいのだけれど、山で帰らぬ人となってしまっては、当の本人がいくら納得の上と言ったとしても、悲しむ人々は必ずいる訳だ。

チャレンジすること大いに結構。自分の限界に挑みたければ挑めばいい。

自分を束縛するものから解放されてこそ自由。時間も距離もスピードも考えることなく、足の向くまま、気の向くまま、好きなところを走っていけばいい。

あらゆるものから解き放たれて、大いなる自由を楽しみ、真に人生を謳歌できるような生き方・走り方ができればいいのだから…。

そういう思いで、私は一本歯下駄を履いて走る…山を、街を、近隣を…

高繁 勝彦

走る旅人:「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」を走るアドヴェンチャー・ランナー、サイクリスト(JACC=日本アドベンチャーサイクリストクラ...

プロフィール

ピックアップ記事

関連記事一覧