『人類の歴史を探求する身体のオート機能』を感じ伝えやすくするアイテムとしての一本歯下駄という考えがひろがりをみせているように感じます。
走ることも投げることも人類の歴史からそもそも人類とはを考察していくと身体の中にオート機能が準備されているのがわかります。
ホモサピエンスとネアンデルタール人の違いをはじめ、身体のオート機能には人類の歴史が詰まっています。
オート機能での動き方がわかるとチェックすべきポイントは途端に少なくなります。
チェック項目がシンプルになっていけばいくほど身体や地面と対話できる感覚が生まれてきます。
そして人類本来の身体の使い方や仕組みがわかると走るのも投げるのも今まで以上に楽しくなると思います。
スポーツというのは過去生きてきた人々と近くなっていく、DNAの中にある記憶を探ることのようです。
スポーツがエンターテイメントという枠組みだった人も、人類が文化や伝統、歴史を詰め込んでスポーツという大発明をしたということ、
身体を動かすというのは そもそも人類とはの追求や僕らの中にあるDNAとの対話の両方を同時にできるものだというのがオート機能を使っていくとみえてきます。
日本だけでなく、世界でランニング文化が広がり東京マラソン等の大会が人気なのかということも そもそも人類とは を触れていくとわかってくると思います。
走る楽しさ、投げる楽しさをシェア、共有するための一つのアプローチの方法としての一本歯下駄というのがアスリートのみならず市民ランナーをはじめ一般の方々にひろがりをみせています。
それは一本歯下駄を履くことで履いていないときよりも自然な動きをしている実感が多くの人にあるからです。
一本歯下駄がどんな動きを私たちに思い出させてくれるのかこれからの社会が非常に楽しみです。