2021
03.07

自然であることと心地よさ

高繁勝彦ブログ

コロナ禍でなかなか馴染めないのがマスク。

息苦しさを感じられている方は多数いると思うが、それに加えて紐で耳を引っ張られると頭痛が起こる。それゆえに私は、紐を直接耳にかけずに別のゴム紐を使って頭の後ろで留めるようにしている。

不自然さが不快感や不調を招くという典型的なケースである。

長時間マスクを付けていて、外した(裸顔になった)時の爽快感は格別。

顔もマスクで変形するのではないかという気にもなる。

概して、何かを身につけた時に、不自然に感じるものや不快感を覚えるものは不正解であることが多い。これは私個人の見解かも知れないけれど大抵当たっている。

服を選ぶ時もそう。袖を通した時にスッキリしない時はその服を着ない。

その時々の気分でも選択すべきものは変わる。

今朝は、一本歯下駄で走ったのだが、朝方の気温がまだ5度程度だったので、足袋ソックスを履こうかと思った。

でも、直感で足袋ソックスは却下。素足で一本歯下駄を履いて外に出た。

確かに風は冷たかった。でも、割と薄着で良かったし、素足に一本歯下駄がしっくりときた。

足袋ソックスの裏に滑り止めのゴムがついているのだが、ソックスを履くとやはり一本歯下駄との間に微妙な隔たりができる。それが一本歯下駄にうまく乗れない原因になったりもする。

大地をダイレクトに感じたければ裸足でいい。一本歯下駄をストレートに楽しみたければ素足がいい。

本当は、鳥や野生動物のように何も身に付けない(何も持たない)のがいいのだろう。自然にあるもので間に合わせる。

鳥や野生動物たちは普通食べ物もストックしない(冬眠する時以外)し、自然界が与えてくれる水や食べ物だけで暮らすもの。それが自然だから。

人間はどうだろう。人間は特別なのだろうか?お金やモノなどいろんなものを蓄え、充分持っているにも関わらずさらに蓄えようとする。

足りているのにまだ足りないという。欲望というものがある限り、持てば持つほど欲しくなるというのが人の性(さが)。

アスファルトの平坦な道はあまりに平凡すぎて面白みに欠けるので不整地を好んで走っている。

人生は平凡なのが一番なのかも知れないが、平凡すぎても面白くない。

どこでアクセントをつけるか、自分自身の意思で選べるのであれば、もっと自由に、もっと大胆に、もっと変化を楽しむのがいいと思う。

自然の中で、一本歯下駄を履いて、自由気ままに歩いたり走ったり。

ありのままあるがままの自分でいられることが実は最高の幸せなのだ。

下の動画は日常の一本歯下駄ルーティーン。日々、歩いたり走ったりしてココロとカラダを整えている。

 

 

*YouTube動画リスト:一本歯下駄〜One-Tooth Geta

一本歯下駄クラブ(フェイスブック公開グループ)

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一本歯下駄健康サロン

*ライター:

ARUCUTO一本歯下駄アンバサダー、

「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」を走るアドヴェンチャー・ランナー 高繁勝彦

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