スポーツ工芸ブランドarucutoのarucutoには「歩くところからはじめよう」「継続できることをまずしよう」という意味が込められています。
スポーツ工芸ブランドとするのはこれからの商品というものを考えた時に本当に大雑把ではありますが下記の3分野に分類して③の関係性を構築していく商品のみに絞ることで商品の購買動機、購買活動で社会を変えていける時代に進むことが出来ると思ったからです。
①既存商品
②ロボット、テクノロジー分野の商品
③関係性を構築していく商品
近代、とりわけ工業社会の経済や商品は広がれば広がるほど流行として消費されていき、成長すればするほど、頑張れば頑張るほど孤独な人を増やしていったという側面にめを向けて取り組んでいきたいと思った中で関係性を構築していく商品が重要になります。
関係性を構築していく商品は広がれば広がるほど人と人、人と自然との関係性が豊かにし、孤独をなくしていくものとしてこれからの社会において最も必要な商品群だと思っています。
この、関係性を構築していく商品についてコミュニケーションツールの枠をこえるために2つの定義を考えました。(正確には学んだことを自分なりに落とし込みました)
①工業の不完全性
②自然循環の完全性
スポーツ工芸ブランドとして工芸品、木工品に限定するのもこの定義を大切にしていきたいためです。
①の工業の不完全性とは職人の手づくりをようするものなど大量生産、工業化しにくいものであり、また、流行するには欠点があるものです。
②の自然循環の完全性とは林業や農業などの自然のものからなり、使わなくなった際も自然に戻すことができる商品であり、人に自然への眼差しやあたたかみをもたらし人と自然の関係性という自然資本を増加する商品です。
一本歯下駄はその不安定性はもとよりカランコロンという音、現代社会において日常の中で外で歩く際の目立ちから一人で出歩くのには勇気がいります。
だからこそ、みんなで履いて歩こうというコミュニティーづくり、関係の構築を担うことができる関係性を構築する商品として落とし込んでいける可能性があると思っています。
「一人で履くと恥ずかしいけどみんなで履くと面白い」
そこに大きな時代の可能性を感じています。
自然資本については現在日本各地にて近所の草刈りを自発的にしていた年代層が高齢化していき、その下の層は成長社会の経済の中での働き方をしてきたこともありそこまでに手がまわらず、また、この草刈りをはじめとした工業とは別のベクトルの時間に手を取られたくないばかりにより地域との繋がりを断然化していくということが確実に進んでいるように感じます。
何気なく暮らしている中での日常の中に未来の色んな問題があります。
また、関係性を構築していく商品によって専門分野も所属も年代もこえた小さなグループの関係性を繋げることでファンクショナルコミュニティを誘発していくという考え方もスポーツ工芸ブランドarucutoで大切にしていることです。
UTAFESSや京の公共人材大賞をはじめ、スポーツ関係以外の活動も未来に必ず必要な活動として僕は関わらせていただいています。
関係性をシェアしていき、
未来をシェアする商品がコンセプトです。
近代が孤独を増加させてしまったのは一人一人が一つのグループや専門分野にしか居場所がなかったことも要因だと思っています。
よくドラマ等で描かれる中高生の女の子達のグループがイメージしやすいのですが一つの絶対的な居場所があることは常に孤独と隣り合わせともいえます。
第三の場所、居場所づくりとまた違った在り方としてファンクショナルコミュニティということを常に大切に意識して生きていきたいと思います。
中学生の頃から今日まで強く持っていた思いは
「多くの子ども達や選手達が出逢いに左右されなくともチャレンジして成長していける環境を全国各地に地域格差なく育んでいきたい!」
「子ども達が自分達世代の頃よりも夢を追い続けれる社会をつくりたい」
というものでした。
現在の日本の教育環境では多くの場面で良い指導者との出逢いに恵まれるかどうかが素質や努力以上に子ども達、選手達の成長や将来を左右してきました。
その中でも都市部と地方ではそうした出逢いの数、選択幅も大きく違いがあります。
小学生の頃、当時も素晴らしいスポーツ科学の理論、今では多くの指導者や研究者に支持される理論はいくつかあり小学生、中学生の自分を夢中にさせてくれましたがそうした理論を知る指導者、大人と小中高という時期に出逢うことはありませんでした。
その当時から10年以上経った、今日の子ども達の環境からみても子ども達の環境や現場という視点においては、どんなにスポーツ関係の研究者が素晴らしい研究をし、発見をしてもそれが地方の子ども達に還元される確率は極めて低いという事実は正直感じてしまいます。
書籍や論文にしても意識の高い指導者や選手は手に取ります。ただ正直そうした指導者の数は残念ながら極少数で結局はそうした指導者に出逢えるかどうかが多くの子ども達や選手達の可能性において大きな違いを生んでしまっているような気がします。(あくまで全国各地の大きなπで見た時です)
自分が指導者として子ども達を教えるという視点で考察しても、直接指導者として関われる子ども達や選手達には限りがあり、もしその延長線上において理論やモデルが全国的に普及しようともあまりに時間がかかりすぎ、その間にも多くの子ども達、選手達が歳を重ねてしまうというジレンマについて高校生の頃から考えていました。
ではどうしたらこの環境を変えていけるのかを考えた時、指導者として、研究者としての取り組みや書籍や論文という発信以上にトレーニングアイテムという商品にすることが最も適しているのではないかという思いが今の原点です。
トレーニングアイテムという商品であればどんな地域にも地域格差なく届けることができるのではないかという思いでした。
トレーニングアイテムという商品だったら本や論文と違い、感覚や結果でスポーツ科学や身体学の難しい部分まで伝えていくことができる。スポーツや体育を専門にしない指導者にも伝わり、子ども達や選手達の環境を良い方向に導いていくことができる。
自分の持つ知識や理論、そして人生を全て商品に注ぎ込もうと決めました。
これが大学入学前の思いです。
2010年一本歯下駄GETTAを私以上に信じてくれる人と出会いました。
今日まで「一度でもここまで信じてくれた人が信じたものを信じきる」これが大きな原動力でした。
2013年、2014年とスポーツという分野にとどまらず、社会的な組み立て方、社会設計を学びました。
一本歯下駄GETTAは関係性と人生が詰まった商品です。
なかでも自分の人生をかけたとしても決して返しきれない恩義が詰まっています。
自分自身の人生においては出来ないことを一本歯下駄GETTAとスポーツ工芸ブランドarucutoはしてくれるということを信じて今年は広げることで一人一人の人生、社会を変えていけるという重い責任を背負って活動していきたいと思います。
宮崎要輔